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母のこと2 [母のこと]

勇気を出して、母のことを書いてみたら、気持ちが少し落ち着きました。もう少し母のことを書いてみます。

母は亡くなる前の年から、冬の間自宅近くの老人保健施設のお世話になっていました。冬期間の高齢での一人暮らしは、健康面でとても心配でしたし、何よりも寒い台所での炊事や一人での入浴は母が可哀想で、娘としては耐えられるものではありませんでした。

幸いお世話になっていたケアマネージャさんがとても良い方で、母の言葉に真剣に耳を傾けてくれ、優しい言葉で母を励まし、いたわってくださいました。母もその方をとても信頼し、何でも相談していました。母の晩年を支えてくださったケアマネージャーさんに今でも大変感謝しております。

母はその老人保健施設の、認知症や病気の後遺症などで意思の疎通が不自由な方々が入る棟を望んで入所しました。入所者同士の人間関係のトラブルを嫌っていたので、母なりの考えがあったのでしょう。新しい施設で全室個室だったこともあり、本を読んだり、テレビを見たり、タオルたたみのお手伝いをしたりして、また話の合う友達とおしゃべりをしたりして何とか新しい生活になじんでいきました。

食事、入浴、服薬の管理、健康管理などお世話になることができ、本当にほっといたしました。けれど私たちが同居してあげられないことが母に申し訳なく、私の心をとても重くしていました。

私は月曜日から金曜日までは仕事がありましたので、毎週土曜日に母に会いに行きました。私の顔を見たときのうれしそうな母の顔が今でも浮かんできます。

私が帰るとき、母は玄関まで私を送りたがりました。でも私は私の車が見えなくなるまで手を振っている母の姿を見るのがつらいので、送らなくていいといつも言いました。送りたいのに、なぜ断られるのか母には理解できなかったでしょう。私もなぜか理由を説明したくありませんでした。「送る」、「送らないで」と帰り際にはたいてい問答していました。なぜ気持ちよく送ってもらわなかったのか、思い出すたびにいたたまれない気持ちになります。自分の気持ちしか考えなかった自分が今になって許せないのです。

 


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Lily

亡くなった後に気がつく事は多いです。
私ももう少し早く母の病気のこと気がつけば手遅れに
ならずに済んだのにといまだに時々思います。

亡くなった人を失った寂しさは、時が解決するしかないです。
思い出してあげることも供養だと思います。
by Lily (2007-05-24 12:02) 

kmama

Lilyさん
いつも優しいコメントありがとうございます。Lilyさんの言葉に癒され、すこしづつ自分の気持ちが落ち着いてきます。

Lilyさんのブログで「母の命日に思う」を読ませていただきました。
私とは違った、でも同じ大変な思いをされたのですね。

私はその後の悲しみや喪失感を共有する相手がいませんでした。
家族も含め周囲の人は皆優しい言葉をかけてくれ、励ましてくれました。

それはそれで有難く、大変心強く思いました。でも、私の心の奥の本当の気持ちは誰にも分かってもらえないようで、いつもそれが満たされない思いになっていました。

夫もやさしい労わりの言葉や態度で接してくれましたが、夫の両親は健在なこともあり、言葉にならない私の気持ちを伝えることができませんでした。

母について姉や弟ともっと話すことができたら・・・・・

実現するはずもないのに、時々そう思います。
by kmama (2007-05-27 20:23) 

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